日本パデル協会の副会長を退任したわけ
10年前の2015年
ITからパデルへと転身し、それからの10年間、パデル協会の副会長としてまたPadel Asiaの代表としてパデル発展に全身全霊を注いできました。
協会では、副会長として国内のプロモーション、ビジネス、協賛活動、大会運営などパデル普及活動を担当して参りましたが、50歳という節目を迎え日本パデル協会の理事及び副会長を退任し、別の立場からパデル界を盛り上げていくことを決意いたしました。
そして今日、3月26日。
50歳の誕生日を迎え、新たな挑戦を決意いたしましました。

先日、3月15日に開催されたJPA AWARDSにて、正式に日本パデル協会の副会長辞任を発表いたしました。
「なぜ今、このタイミングで辞めるのか?」
そう疑問に思う方もいると思います。 今日は、その決断に至った理由を、率直にお伝えしたいと思います。
1. 日本パデルの現状に対する危機感
2023年、コロナが収束し、スポーツ業界は活気を取り戻し始めました。しかし、日本のパデルは……停滞していました。
一方、諸外国ではコロナ禍に「非接触型で老若男女が楽しめるスポーツ」として「パデルブーム」が巻き起こり、パデル発展途上国だった国でもコート数、競技人口が右肩上がりで成長していきました。




特に北欧、アジア、アフリカでの成長は目を見張るものがあります。
最近では日本の選手がスペインだけでなくアジアの大会に挑戦するようになり、海外でのパデル発展の勢いを見聞きする機会が増えてきました。
他スポーツに目を向けるとアメリカで人気のラケットスポーツ「ピックルボール」の競技人口が日本でも急増し勢いを感じています。
海外ではパデルコートが50を超えると、一気に爆発的な成長を遂げる傾向があります。 パデルの成長戦略で「50コートの法則」ですね。
しかし、日本は50コートを超えても、大きなブレイクスルーが起こっていません。
「このまま協会の副会長を続けることで、本当に日本のパデルの成長につながるのか?」
2年ほど前からそんな葛藤を抱えるようになりました。
2. パデル協会の変革と成長
どんな組織も成長とともに必要な人材が変わります。2016年の協会設立当初は、中塚、玉井、高松、木村でスタートし、その頃は「何もないゼロの状態」。
だからこそ、持てるすべてを使って、ただひたすらに走り続けるしかありませんでした。
会長のアントニオは、FIP(国際パデル連盟)の理事としても活躍し、日本パデル界を国際舞台に押し上げました。 高松伸吾は日本代表監督として、選手強化に尽力し、海外遠征にも帯同など昼夜問わず尽力してくれました。 木村は裏方として支え続け、私たちが全力で前に進めるようサポートしてくれました。





その結果、日本のパデルは、
「24施設・50コート・42,000人の競技人口」
まで成長しました。
「0→1」のフェーズを終え、次なるステップ
「1→50→100」
へ進む時がきたのです。
2032年のオリンピック正式種目化を見据え、組織運営の在り方も変えていく必要がある——。 だからこそ、新陳代謝が必要だと判断し、退任を決意しました。
2032年のオリンピック正式種目化を見据え、組織運営のあり方も変えていく必要があります。そこで、ダイナミックな新陳代謝が必要と判断し、このタイミングでの退任に至りました。
現理事であるアントニオ、高梨さん、壽梨さん、岩本さんにはこのような判断に理解を頂き、本当に感謝しています。
また、新たに理事に就任された永野さん、田中さん、小宮さんとの出会いはとても大きく、必ず新たなパデル協会とともに日本パデルの発展を実現してくれると思っています。
3. 自分自身の新たな挑戦
「玉井さん、パデルってうまくいってるよね。」
そう言われることがありました。
「いやいや、まだ1割も達成できていないのに、成功してると思われてるのはまずい、、。」
日本のパデルの現在地、課題、そして目的地までの距離。 それを正しく伝え、協力してくれる人たちと共に成長していかなければならない。
そんなことを考えていた昨年9月、 YouTubeの人気番組「令和の虎」主催者・岩井さんの生前葬に参加しました。
彼はがんの余命宣告を受けながらも、自分の生き方を最後まで発信し続けました。 彼の生き様は「本気」そのもの。 「令和の虎」で新たな文化を創り上げ、私たちに強烈な影響を与えました。
その生前葬で、私は心の奥底からこんな感覚が芽生えました。
「自分の生き方を通じて、パデルを広めることができないか?」
そう考えたとき、新しい挑戦を決意しました。
YouTubeチャンネル 玉井勝善の全国パデル化大作戦〜覚悟の陣〜
今後の活動
パデル協会は離れますが、パデル業界からいなくなるわけではありません。 むしろ、今まで以上にパデルビジネスをメインに動いていきます。
その活動や構想は改めてYoutubeチャンネルでお伝えさせていただきますが、次回の動画は 3/27に配信予定で、月に数本、配信していく予定です。
パデルに興味がある方はもちろん、スポーツビジネスやニュースポーツ、新規事業や地方創生に 興味ある方にぜひご覧いただきたいと思っています!
■ パデル施設運営の拡大
- 土地所有者、投資事業者、運営事業者をつなぎ、遊休地を活用したパデル施設を増やす
- 収益性のあるビジネスモデルを構築し、参入障壁を下げる(助成金活用、設備投資額の削減)
- 仮設コートを活用し、施設開設のハードルを下げる
■ パデル関連事業への進出
これらの活動を通じて、パデルに興味を持つ人々や協力者を増やし、必ず!!日本のパデル市場を拡大していきます。
私の50歳の挑戦は、ここからが本番です!
🔥 壁を超えてけ!!🔥
そして、今日3月26日は私の50歳の誕生日。 もし「おめでとう!」と思ってくださった方がいたら、誕生日プレゼントの代わりに、ぜひ——
🎁 YouTubeチャンネル登録 🎁
▶️ https://www.youtube.com/@PadelExpansionStrategy
をお願いします!!
日本のパデル発展に改めて力をお貸しください!
A型、気にしいな自分。やっと気持ちの整理完了
おはようございます。
パデル東京ミズマチが連日メディアに取り上げていただき、今までパデルの「パ」の字もご存じなかった方たちから興味をお持ちいただいているのを確実に感じています。
これからもっとパデルをプロモーションしていきます!!

でも、その前に少し吐き出しておきたいことがあり、
パデル東京ミズマチプロモーションの柱の1つ、
クラウドファンディングの終了日の朝、
思い切ってこのブログを書いてみました。
6年前、人生をかけて飛び込んだパデルの世界。
「パデルを広める!」に夢中になって、とにかく突っ走ってきたいたけれど、
気がつけば周りからネガティブな感情を抱かれていたことを感じることもありました。
『PadelAsiaはうまいことやって独り占めしようとしてる。』
『パデルの人たちの良心に頼りすぎ。』
そんなご意見を人伝いに聞いたことが
何度も何度もありました。
そのように感じられた方がいたのは、自分がきちんとPadel Asiaについて伝えきれていないせいもあったと思いますし、実際にたくさんの方に頼っていた部分もあったからだと思います。
私と付き合いの長い人は良くご存じかと思いますが、こう見えて、A型で人の意見がとっても気になる人なんです。
『パデルを日本で普及させる。パデルで日本を笑顔にする!』という信念をもって、
そしてリスクも背負って活動してるのになんでそんなこと言われるんだろう、、。
正直、悲しい気持ちや、やりきれない気持ちになったことが何度もあります。
また、ふとした時に思い出して、決断が鈍ってしまったこともあります。
Padel Asiaは、パデル業界を利用して1社だけ大儲けしたいという気持ちはありませんが、
パデルを発展させるために、きちんと利益を出せるようにしたいという気持ちは常にありました。
なぜかというと、事業面からプレーヤーを増やすには
「パデルはビジネスとしても魅力がある」という実績を出す必要がある。
つまり『事業として成り立たせる』必要があるからです。
Padel Asiaがそのロールモデルになって、事業面のプレーヤー参加の促進をしたいと考えてきました。

新しい施設を作るたびに施設のすぐそばに引越し、支配人として朝から晩まで運営を取り仕切ってきた6年間。


この6年間の活動は、もちろん自分の夢を叶えるためでもあったけれど、純粋にパデル業界のため、そして多くの方を笑顔にするためにに行ってきた側面も大いにあります。
しかし、活動を積極的に行い、目立てば目立つほど厳しいコメントも増える日々、
悩みなど無さそうに見られる私も、悶々と苦悩することが多々ありました。
自分のやっていることって、本当に正しいのだろうか。
自信がなくなりかけたことも何度もあります。
でも、40歳の時に、この後の人生をかけると誓って飛び込んだパデルの世界。
ネガティブなコメントを耳にして、メンタルが落ちても、止まっている場合じゃないし、突き進むしかありません。
苦悩を抱えつつ、とにかく前を向く。それだけを意識してきました。
そんな日々のなか、東京ミズマチという超絶立地でパデル施設をオープンするチャンスがきました。
ミズマチにパデル施設を作って、話題を作れればパデルは絶対に急成長する。
とにかくオープニングからプロモーションの流れを作らなければなりません。
オープニングの盛り上がりをつくり、メディアを巻き込み、
スタートダッシュを決めるにはクラウドファンディングは行いたい。
でも、ここで、頭をよぎったのが散々耳にしてきた、
『PadelAsiaはうまいことやってパデル業界の儲けを独り占めしようとしてる』という意見。
一歩間違えば、せっかくのミズマチのオープニングクラウドファンディングが、
『Padel Asiaお金集めをしたいだけ』という捉え方をされてしまって、かえってネガティブにならないか。。
悩みに悩みました。。
そして、ひとりで悩むのも限界があったので、初期のメンバーで広報を担当してくれた海老原に連絡をし、
「ミズマチのオープンでクラファンをやろうと思っているが、正直、悩んでいる」ということを素直に伝えました。

そしたら海老原から
「玉井さん、クラファンやりましょうよ!
クラウドファンディングは想いを伝える良い機会だと思いますよ。
6年前にパデル東京を立ち上げたときと今は違うフェーズに入っています。
それをきちんと伝えましょうよ。誤解をされたままにしないほうが良いと思いますよ。
クラウドファンディングでこの6年間の取り組みを伝えて、ミズマチのプロモーションにつなげましょう!」
あっさりとこう言われて腹が決まり、6年前、まっさらな気持ちでパデル業界に飛び込んだ時のチームでクラウドファンディングに挑戦することにしました。
腹が決まると、色々檻のように溜まっていた、「周りからネガティブに思われてしまっている・・」と気にしていた気持ちが一気に晴れました。
6年前のあの日のように、一点の曇りなくパデルの未来を見据える気持ちが戻ってきました。

今まで、ひとりで悶々と抱え込みすぎていたことにも気が付きました。
世にないことを産み出し、推進していくとうことは、一筋縄ではいかないことがほとんどです。
自分に実力が足りないから伝えきれないこともある。
誤解もされる。
でも、突き進むと心から思えたから踏み切れた、クラウドファンディングへの挑戦。
そして、クラウドファンディングへの挑戦を通じて、メンタルの変化があったから、「記者発表会に16メディアが参加し、連日各メディアでパデルが取り上げられる」という奇跡が起こったんだと思います。
私は今後、パデル東京ミズマチを盛り上げて、他にもパデル施設を作って、パデルをどんどん広めようと思います。
その中で、またネガティブなコメントを耳にしてメンタルが落ちる日もあるかと思います。
そんなときに、また真っすぐ前を向いてパデルの発展のため、パデルで日本を笑顔にするために、活動を続けていけるように。
6年間の取り組みは、クラウドファンディングのプロジェクトページや"苦節6年、やっと乗越えた!都心にパデル施設が出来ない「4つの壁」"からお伝えしたので、気持ちの面もどこかで発信しようと、一旦、ブログを通じて素直な気持ちを吐き出した次第です。
自分に正直でいることや、周りともしっかりコミュニケーションを取ることが、本当に大切だと改めて感じた今回のパデル東京ミズマチプロジェクト。
パデルの発展だけでなく、自分の発展にもつながっている気がします。
最後までお付き合いいただいてありがとうございました。
【”伝われば”絶対広まるを実感した近隣住民体験会】
今日は、近隣住民の方々とのお話をさせていただこうと思います。
昨年末に行った住民説明会でのことです。

近隣の生活環境を壊さないよう、私達の取り組みについて誠実にお話をさせていただきました。
会の最後に。
「ぜひ近隣住民の皆様にパデルを体験していただきたいです。パデル体験会を企画させていただけませんか?」とご提案をさせていただきました。
その後、副会長さんと日程を調整し、近隣住民の方々向けのパデル体験会を企画。
何人の人が来てくれるのかな、と不安に思っていたのですが、、、
「えっ?こんなに?」

老若男女20名を超える方々が体験会にきてくださいました!


コートの横のマンションに引っ越してきた近隣住民兼パデル日本代表の村澤くんも力をかしてくれました。
パデルを体験する。
こうなればパデルというスポーツは強い!
「これは面白い!近所の仲間誘ってまたくるよ!」
「スクールあるんですか?入会したいです!」
正直、想像以上の反応でした!
そして後日、副会長さんが施設にいらして、
「社長、町内会のかわら版に載せといたよ!」って冊子を手渡してくださいました。

なんと!小梅一丁目町会のかわら版にパデル東京ミズマチの紹介がデカデカと。
嬉しすぎます(涙)
まだオープンしてない施設で住民として不安がある中、新参者の私達の挑戦を応援してくださいました。
こんな嬉しいことないです。
そんな素敵なかわら版は事務所に飾らせてもらいました。
ぜひご覧くださいね。

パデルは魅力が伝われば絶対にもっともっと広がる。
パデル東京ミズマチをパデルを全国に伝えるきっかけとなる場所として、とことん想い・魅力を伝えるプロモーション活動にこだわっていきます!
パデル爆速成長を支えた「出会い」と「あの日の決断」
新年あけましておめでとうございます!
いよいよ今月21日にパデル東京ミズマチがオープンを迎えます。
嬉しいことにメディアや一般の利用者の方から多くのお問い合わせをいただき、「相当期待されている」ことを肌でビシビシと感じております。
前回、【ただの有志の会が国際パデル連盟に正式加盟した日】ということで、2016年12月にスペインで国際パデル連盟加入の直談判しにいった件をお伝えしました。
今日は次に重要な出来事となった「あの日の決断」と、パデルの爆速成長を支えてくれた「出会い」について綴っていこうと思います。
1)爆速で公式大会を立ち上げる
国際パデル連盟加盟が決まった2016年12月。 嬉しいニュースもありつつ、私達が最初に取り組んだのが『ジャパンパデルツアー』という国内の公式大会の仕組作りと運営です。
しかし、「公式大会を運営する」ってことに対して私たちは全くノウハウがありませんでした。
■大会規定
■ポイントルール
■エントリーシステム
■決済システム
■協賛企業集め
当たり前ですが、ワンデイイベントの大会ではなく、通年開催し、結果に応じたポイントを付与し、全国大会、更には日本代表を決めるためフェアな国内ツアーをつくるわけですから、やるべきことも多岐に渡ります。 そして国際パデル連盟(FIP)に加盟したことで、FIPポイントの付与も可能になりました。
パデルはテニスに近いスポーツのため、テニスの公式大会の仕組みをベースにつくっていくという方向で話は進みました。
しかしここで問題なのが、中塚も木村、そして私もアスリート出身ではないので、テニスの公式大会の中身を知らないということです。
ここで一人の元アスリートが大いに力を発揮してくれました。
元々は共通の経営者を介して知り合った飲み仲間で、私がパデルに180度人生を振り切ったとき、「たまちゃん!パデルの夢を全力で応援するよ!!」と言ってくれた親友で元テニス選手として活躍していた高松伸吾です。

基礎となる規定やルールはテニス時代をベースにしながらも、ニュースポーツであるパデルに最適化した仕組み。 高松と木村が中心になり初期のベースとなる仕組みを一気に構築してくれました。
そしてもう一つの急務な課題が大会運営、決済を管理するシステムの開発です。
このシステムを発注した場合、最低でも4〜500万円の費用がかかることは容易に想像できました。
当時のパデル協会では(今でも結構厳しいですが、、)、どう考えてもそんな費用を捻出することはできず、頭を悩ませていました。
そんなときに、一人のエンジニアが手を上げてくれました。
秒速で現在のパデルプレーヤーシステムを立ち上げてくれたスーパーエンジニアでパデルプレーヤーでもある竹口輝くん



打ち合わせをしながら、、、
「エントリーは運営の手間になるから事前のクレジット決済がいいですよね」 「大会毎の表示はこんな感じで」
打ち合わせしながら、プログラミングし、その場でアウトプットが出てくる。
これだけのシステムを1週間で作り上げてくれました。 正直、魔法使いかと思いました。(ベンチャー企業を創業し現在もCTOとして活躍中。)
そんな仲間達の協力により2017年1月から本格スタートしたジャパンパデルツアーが爆速で立ち上がり、2017年5月には関東・関西で公式戦がスタートしました。

2)世界大会というステージへの挑戦
やっとこさジャパンパデルツアーの仕組みができあがったという2017年暮れ。
会長の中塚から話があるということで、理事会が開催されました。
「実はFIPから連絡があり、来年10月に世界大会がパラグアイ開催で決定したんだ。日本が参加するかどうかを2月15日までに表明しなければならないんだけど、、、。」
えっ?! 世界大会?! 2月15日までに? 今、12月だけど。。
国内の大会をつくったばかりのよちよち歩きの協会が、いきなり世界大会に出場するかどうかの判断を2ヶ月以内にしなければいけない。 という状況。
まず頭をよぎったのがお金の問題。
「総額いくらかかるのか?費用は誰が負担するのか?」 「まだ国内の大会をはじめたばかりで協賛なんかとれるのか?」
それ以外にも、クリアしなければならない課題は山積みでした。
「代表選考どうするか?」 「代表ウェアは?」 「コーチは?監督は?」 「代表メンバーは仕事休めるのか?」
さすがに即決することもできず、一度、各自持ち帰り改めて検討することに。
まず、大きな課題である資金の問題をどうクリアするか。
世界大会は団体戦のため、メンバーは最低6人〜8人。
これが男女なので、最大で16名の選手と協会スタッフ分の費用負担が発生する。 総額約600万円。
さすがにこの金額を協会が負担するのは、現実的に厳しいというのは誰の目にも明らかでした。
また、協会として協賛の活動もほとんどしていなかったので、協賛が取れるかどうかもわからない。 準備も追いつくかどうか、、
ただ、世界大会は2年に1度しかないので、2018年を逃すと次は2020年。
正直、当時のパデル協会の状況からすると、2018年の世界大会は見送りにして、2020年に向けて準備する。 というのがノーマルな判断だったんだと思います。
ただ、私達の中で世界大会という未知のステージに挑戦しないという判断をしたときに後悔はないだろうか?
長い長い議論が続きました。
そして、結論が出ました。
「今回の開催地は中塚会長の生まれ故郷だし、これも運命!世界大会に挑戦しようよ!俺らベンチャーだし、迷ったらワクワクする方に!きっとこの挑戦は未来のパデルの糧になるって!選手にもお金のことは正直に話しをして、俺らも頑張って協賛営業しよう!」
この判断により、初期の日本代表チームが結成され、男子はオーストラリアで、女子は日本で予選を戦うことになりました。


(結局、アジアパシフィックで世界大会予選に出場したのは日本とオーストラリアだけ。当時、アジア諸国でパデルで世界大会に出るという判断をする国はほとんどいない状況でした。)
残念ながら、男子はオーストラリアに負けて本戦出場は叶いませんでしたが、ここでの悔しさが男子日本パデル界の源になっています。
女子はアジア予選でオーストラリアを下し、世界大会本戦へのきっぷを手に入れました。

2018年10月にパラグアイでの世界大会へ。

結果は16カ国中、14位となりましたが、それ以上に選手、そして協会スタッフが世界を肌で感じ、自分達のレベルがわかったことは大きな大きな成果となりました。
私含め協会としても、日本代表を組成し、世界と戦うということはどういうことなのか、どのような準備が必要なのか。 この大会に挑戦したことで知ることができました。
この世界大会に出ないという判断をしていたら、日本のパデルの成長はもっともっと遅れていたと思います。
パデル協会が本気で悩み、判断した、世界大会出場。 ここから、私達、協会の挑戦は更にスピードアップしていきました。
「迷ったらワクワクする方に!あとは覚悟をもってやるだけ!」 あのときの決断が今のパデル協会を支えているベンチャースピリッツです。
このベンチャースピリッツがなければ、2021年にスタートしたFiNANCIEでのトークン販売・発行はという判斷もできなかったと思います。

パデルの爆速成長は、多くの良い出会いと、思い切った決断、行動力の上に成り立っているんだと思います。
最後に、このお話を資金面で支えてくださった方に感謝の意を。
パデルの未来を信じてメインスポンサーになってくれた当時mediba社長の海本 桂多さん
恵比寿のバーで協賛を決めてくださり、かけてくれた言葉を今も忘れません。

社長に掛け合ってパデル日本代表の協賛を決めてくださったウインザー商事の吉野さん、そして協賛への判斷をくださった坂口社長。
RICCOMOやモンチッチのブランドを展開するオーズクリエイトの大滝社長。
当時のPadel Asia株主でもあり、パデル事業をスタートする際に真っ先に相談にのっていただいたアイトリガー(旧ネットフロンティア)の小山社長、乾さん、熊木さん。
協会理事でありながら協賛も出してくれたNexus。
本当にありがとうございました。
日本パデル9年の歴史、飛躍のきっかけを作った「あの日」
2013年10月、所沢に日本初のパデルコートができました。 それから9年間、日本のパデル界は大きく成長しています。
マイナースポーツの中ではダントツの成長なので、よく「どうやったの?」という質問を受けます。
この辺りは、現時点までの日本パデルの発展経緯を「パデル第1世代〜第4世代」の4つの時代に分けてブログでお伝えしていこうと思います。
今回は、この9年間の中でパデル界への影響が最も大きかったと言える「あの日」の出来事をお伝えしていきたいと思ってます。
<< ただの有志の会が国際パデル連盟に正式加盟した日>>
これは私がパデル人生を歩んだ中でもっとも重要な出来事でした。
私がパデルに出会ったとき、日本に「日本パデル協会」は一応、存在していました。
このときの協会の実態は、パラグアイ生まれのパデル愛好家の日系人、中塚アントニオ浩二が1人で「日本パデル協会」を名乗っているだけのものでした(笑)
アントニオの奥さんにつくってもらったHPがあるだけの。

ここに私や、そのほかの仲間たちが有志で集まり、『パデル協会主導で日本にパデルを普及していこう!』という動きがはじまりました。
元々IT業界で仕事をしてきた私は、スポーツ業界を知ることは今後のパデル界にとっても重要なことだと思い、メジャースポーツ、マイナースポーツ関係なく、様々なスポーツに携わる方とお会いし、お話を聞いてきました。
そこで感じたことがいくつかありました。
1)マーケットが小さいのに複数の勢力が存在し、業界のパワーが分断する。
協会が発足しある程度までは伸びる。その後に仲違いして、◯◯連盟が発足し、小さな市場で抵抗勢力として不毛な競争をする。
2)優秀な選手=優秀な経営者ではない。
メダリストやその競技のレジェンドがトップとして君臨し影響力を持ち続ける。 IT活用という点でも課題がある。
3)スポーツ=体育 の流れが日本では強い
普及、競技力向上とともにスポーツビジネスとして捉える感覚が薄い。
特に1)については、マーケットが大きくなる前に手を打つ必要がありました。
つまり「日本パデル協会が国際パデル連盟(以下、FIPと言います。)が認める唯一の日本の団体である。」というお墨付きをもらうことです。
アントニオはスペイン語、英語、日本語の3カ国が使えるトリリンガルで、彼からFIPに問い合わせを入れ、「どうすれば国際パデル連盟に加盟できるか」をメールでやり取りし、確認を取りました。
すると、そこにはとんでもなく高い条件がずらりと並びました。
①国が認める公的な機関の推薦 ②地域支部があること ③◯◯年以上の活動実績 などなど
出てきた要件を当時はほとんど満たしていない状態。。
楽観主義の私でも、このミッションは無理ゲーなことは肌で感じました。
必要な手続きを正攻法で進めてたら実現するまでに何年もかかるので、強力な味方を見つけて、スペインに突撃して、直談判しよう!
という作戦でこのハードルを超える決意をしました。
そこでまず門を叩いたのがスペイン大使館です。
「日本パデル協会を発足しました。スペインの文化であるパデルを日本で広げるには、公式な機関が必要でFIP加盟がmustです。どうかスペイン大使館さんのお力添えをいただき、国際パデル連盟のトップの方と面談をする機会をつくっていただけないでしょうか?」
スペイン大使館としても、パデルが日本で流行ればスペイン経済にもメリットがあります。 ということで、2016年12月になんとスペイン大使館フルアテンドでスペインへ旅立つことになります。
到着早々、現地のパデル関連企業とのミーティングの連続。
飛行機が遅れたこともあり、到着早々、休みなく延々と、、、

そして滞在3日目

当時のFIP会長、Daniel Patti氏への直談判当日。 アントニオの大仕事の日です。
場所はWorld Padel Tourの会場で、Daniel Patti会長と面談の時間が迫ります。 私はスペイン語が喋れないので、アントニオにこの大仕事を任せることにしました。
面談の時間、事件は起こりました。
スペイン大使館の担当の方から連絡が。
「Daniel Patti会長との面談の時間を過ぎても、中塚会長が来ないんですが、、、。」
嫌な予感がしました。
顔はたぬきの置物のような純和風な日本人ですが、南米生まれ南米育ちのアントニオ。

電話をしてみると、なんとWorld Padel Tourの会場から離れたショッピングセンターでお買い物中でした。
「あっ、ごめん!クリスマス限定のデラビューダっていうお菓子が欲しくて買いにきてた!」

えっ?! FIP会長との面談の時間に買い物?
さすがです(笑)
そこから2時間遅れて面談会場に現れ、遅刻のお詫びをいれ、なんとか無事に面談は終了。 結果を待ちます。
門前払いのリスクもありましたが、さすがスペインです。 当初の予定通りFIP加盟についての意思とプランを伝えることができました。
結果としては、、、
『日本パデル協会の意思はわかりました。正式にFIP加盟できるよう進めます。最終的には理事会での決議事項として決議を取り、正式に決定し連絡します。』
無事、翌年の総会決議で正式に日本パデル協会がFIP加盟が決定しました。
日本で唯一の協会として認められ、パデル世界大会への出場権やFIPポイントの付与などを得ることができました。
この交渉が決裂していたら、、と思うとぞっとします。
ちなみに、そのお菓子が気になった食べたのですが、ずっしり重くて、個人的にはそんなに美味しいお菓子ではありませんでした(笑)

なにはともあれ、 1)マーケットが小さいのに複数の勢力が存在し、業界のパワーが分断する。
という状態にならないよう、また、日本のパデルを世界と同水準に出来るよう、FIPに加盟できたことは、日本パデルの成長にとってかなり重要なことでした。
このような重要な出来事、分岐点、出会い、笑い、涙がたくさん重なって今の日本のパデルは成長してきています。
残り2つの「あの日」
これはについては、年明けにまたお伝えしたいと思います。
苦節6年、やっと乗越えた!都心にパデル施設が出来ない「4つの壁」
ご無沙汰しております!
ブログを書くのは2017年以来、5年ぶりになります。
「日本でのパデル発展には都内のパデル施設が必要!」
このミッションを達成させるため、2015年にクラウドファンディングに挑戦し352名の方にご支援をいただき、2016年12月、練馬区にパデル東京をオープンをすることができました。

あれから6年、決して順風満帆ではありませんが、パデル協会の仲間をはじめ、PadelAsiaのスタッフ、愛好家や選手、そして多くのパデル関係者の熱烈な想いと協力もあり、一歩一歩、着実に日本のパデルの歩みを進めることができました。
6年前とはパデルの見える世界が全然違います。
ただし、世界のパデルの成長と比較すると日本はまだまだパデル後進国であり、更に成長を加速する【きっかけ】が必要だと常々感じていました。
これは海外パデルとの接点がある方であれば誰もが感じていることだと思います。
私もスペイン出張に行くたびに、世界と日本のパデル発展スピードに焦りを感じていました。
その【きっかけ】になり得るのは「アクセスの良い都心でのパデル施設」の存在です。
そもそも、私が最初にパデル施設を作る!とクラウドファンディングに挑戦したとき、 新豊洲にコートを建設する計画でした。
土地のオーナーの某大手企業様へのプレゼンを重ね、 ディスカッションを何度もさせていただき、 都心にパデル施設を作って、多くの方にプレーしてもらうぞ!
熱い気持ちでいっぱいでした。 しかし、あの頃の自分はめちゃめちゃ甘かったんですよね。
当時の認知度がほとんどないニュースポーツのパデル。 そう簡単に土地を借りられないんですよ。
そんな現実を分かっていなかった私は、目をキラキラさせて 新豊洲にコート作る!と語っていたわけです。
でも、最終的に新豊洲は白紙になり、あちこち駆けずり回って パデルコートを建設させていただける場所を探しました。
そこで出会えたのが、善福寺公園テニスクラブの支配人である野田照彦さん。
高齢化が進むテニスクラブに課題感をお持ちで、海のものとも山のものとも分からないパデルを受け入れてくださり、私を信じてくださり、 念願のパデル東京のオープンが叶いました。
東京の第1号パデル施設、テニスクラブとのコラボ、 パデル東京は大きな一歩だったことは間違いありません。
しかしながら、やはりパデルの人口を爆発的に伸ばすには 「東京のアクセスの良い場所でのパデル施設」が必要なんです。
・話題をつくり、
・多くの人にパデルを知ってもらい、
・パデル人口を増やし、
・パデルをメジャースポーツにする!
2019年8月、都心とは言い切れないかもしれませんが、都心からもある程度アクセスが良い大井町駅 しかも駅前の好立地にスポル品川大井町がオープンしたことで、パデルの認知はあがり、パデル人口も劇的にアップしました。 残念ながら3年限定施設のため、2021年8月をもって閉館となり、都心からアクセスが良い場所でパデルをプレーする環境はなくなりました。
「パデル発展のきっかけとなる都心にパデルコートを!」
この想いで、不動産会社さんやデベロッパー、商業施設や自治体と、持てる人脈を総動員して様々な案件にトライしてきました。
私と近しい方は、こんな話を聞いたことがあると思います。
「今度、蒲田にパデルコートができるって!」

高架下の活用案としては圧倒的にパデルが適していて、集客力もある! ぜったいにいける!!
と思っていましたが、経済条件などで契約に至らず失敗、、、
「今度、横浜のドックヤードガーデンにパデルコートができるって!」


三菱地所アクセラレーターで採択されたご縁もあり、横浜みなとみらいにある重要文化財「ドックヤードガーデン」でパデルができる!!
ぜったいに実現する!!っていうかやる!!!!
ただし、重要文化財のうえでのパデルコート建築。それも海風の強い港町横浜。 どの会社もこんなリスクのある、前例のない案件に協力してくれません。
そんな絶望的な状況で支えたくれたのが私の親友である田中淳夫。
ニコッと、、
「たまちゃん、誰もやれないなら俺らでやったろう!!これができたら世界のパデルに日本も近づくし、重要文化財にパデルつくって世界を驚かせようよ!」
と難易度MAXのプロジェクトを支えてくれました。
取締役で私のサポート役でもある木村もチームに入り、様々な専門家を招き入れ、一級建築士も入れ構造計算もして、予算も投下し、、、
結局、安全基準を満たすことができず、実現に至らず。。
会議の場で流した淳夫の悔し涙は今でも忘れません。
「今度、武蔵小杉にパデルコートができるって!」

ここでも手が届きそうな所から、するりとチャンスがこぼれ落ちました。
ここに書ききれないほど、夢を見ては砕け、、その繰り返し、でした。
世界のパデルは倍々で成長してる。
しかし自分は成果が出せない、、
そんな焦りの中、2021年11月に転機が訪れます。
前述の田中淳夫が東武鉄道さんと私を引合せくれました。 これは可能性ある!!
パデル体験会から、パデルの魅力をプレゼンし、何度も何度も提案書をもって東武鉄道さんに通う日々。
しかし、また毎度おなじみの4つの壁が。
- 賃料が合わない
- 初期投資を回収するだけの期間の契約ができない
- PadelAsiaの自己資金だけではどうにもならない
- 稟議をあげても社内でパデル事業に対する理解が得られない
また、いつもと同じ結果になってしまうのか。。
そんな悪夢が頭をよぎります。
PadelAsiaも限界を超えて条件を出しました。 これで折り合えなければ今回もボツ、、。
最後の最後、力になってくださったのは、土地のオーナーである東武鉄道の担当者Hさんでした。
『パデルには未来がある!東京ミズマチのコンセプトにも合うし、パデルを入れるべきです!失敗したら私が責任を取ります!』
大企業の稟議という大きな壁を、担当者Hさんの強い想いで乗り越えることができました。
『東京ミズマチにパデルを入れてよかった!』
誰からもそう思ってもらえるよう、必ず結果でお返しいたします。
何度も何度も砕けた夢。
「パデルコートできるできる詐欺」って冗談っぽく言われたこともあります。
でもやっと
やっと、皆さんにこの言葉をお伝えすることができる日が来ました。
『今度、東京ミズマチにパデルができるって!』
何度でも言いたい!
めっちゃアクセスがいい「東京ミズマチ」でパデルできるよ!!
パデル東京ミズマチは間違いなく日本のパデルの成長の起爆剤になるはずです。
というか、そうするつもりで、4つの壁をぶっちぎって契約した土地です。
パデル愛好者の皆さま、ぜひ一緒に盛り上げてください。
墨田区民をはじめ、東京都民をパデルの虜にしましょう。 そして、ボコボコ都心にパデル施設が建てられるような空気を一緒に創りましょう。
日本のパデル成長急拡大プロジェクト、一緒に盛り上げてください!
クラウドファンディングに挑戦しているので、ぜひこちらのページを ご一読いただき、賛同するよ!という方はご支援をお願いします。
"パデル&テニス&お客様” 三者間幸せ関係モデル
先日、日本テニス事業協会の賛助会員に加盟させていただきました。
【日本テニス事業協会 HP】
http://www.jtia-tennis.com/about_sponsor.php
なぜパデル事業者なのにテニス事業協会へ加盟したのか簡単に説明させていただきます。
まず私達のミッションは、パデルの普及と事業での収益化です。
それと同時に、善福寺公園TC内にパデル東京が入ることでテニスクラブ経営のプラス効果をつくり出すというモデルケースの実証を目指しております。
Padel Asiaを設立後、テニス関係者の方とお会いする機会が増え、テニスクラブ経営は会員さんの高齢化や土地の相続で悩まれている方が多いことを感じました。
パデル東京がテニスクラブの中で成長していくことで、”パデルとテニスとお客様の素敵なサ三者間幸せ関係モデル”がつくれると確信し、テニス事業協会に加盟させていただきました。
では、実際にどのような効果があったのか?ご説明させていただきます。
【2017年 パデル東京 月別来場者数(延べ)】
* 1月:556名
* 2月:512名
* 3月:521名
毎月コンスタントに500名を越すお客様にご来場いただき、以下のような効果が出はじめております。
【パデルオープン後の効果】
(1)新たな売上の創出
・パデル東京のスクール生がテニスクラブの新規会員へ(善福寺公園TCのクラブ会員さんがパデルスクール生になっていただいたケースもあり)
・空きコートをパデル東京のイベントに組み込みこむことで空きコートの収益化
・自重トレーニングやヨガのレッスンへの集客増加による売上創出
(2)来場客数の大幅増加
・今まで善福寺公園TCに来なかった層のユーザー来場による活気、活性化
(3)施設の知名度向上
・フジテレビのめざましテレビ、TBSのNWS23などTV番組やWebメディアで数多く掲載されることにより施設全体の知名度向上の効果
・SNSをつかったPR戦略(パデル東京ではIT出身者が多くSNSを積極的に利用しています)
また、もちろん良いことだけではなく、以下のような課題もあります。
【課題】
◆BBQの煙や匂い、飲みながらへの賛否
40年以上も歴史のある会員制テニスクラブの中にパデル施設をつくらせていただきましたので、会員さまのご意見は真摯に受け止め対応を行っております。
BBQの煙や匂い、飲みながらへの賛否など制限事項を設けたり、開催日の事前告知などでオーナーや支配人と協議をしながら進めております。
このような課題は施設毎に異なると思いますが、新しい文化やスポーツを導入する際に必ず発生することでありますので、しっかりと誠意をもって対応をしていくことが必要だと考えています。
協会員の事業者さま、テニス関係者の皆様、テニス・パデルプレーヤーのみなさま
Padel Asiaは日本にパデル&テニス&お客様の笑顔あふれる”三者間幸せ関係モデル”をつくっていきます!

パデル事業に興味のある事業者様がいましたら、どうぞお気軽にご連絡くださいませ^_^